銀の風

三章・浮かび上がる影・交差する糸
―45話・森へ町への旅支度―



「今決まったのは、これだけだよな。」
リトラはメモした班割りを仲間に見せる。
話し合いした通りに班は3つに分かれていて、
買出しはリトラとナハルティン、狩りはルージュとジャスティス、そして休みにはペリドとリュフタが書かれている。
決まっていないのは、アルテマとフィアス、ついでにポーモルとクークーだけだ。
もっとも、ポーモルとクークーは実質決まったも同然であるし、
アルテマとフィアスだってここまで他が決まればすぐに決まるだろう。
「ポーモルはお留守番ですね。」
“うん、そうね。あ……でもジャスティス君のお手伝いなら出来ると思うの。
せっかくいつもお世話になってるし、やらせてくれないかな?”
「あー……、どうするルージュ?」
「そうだな、せっかくの人手だからお言葉に甘えさせてもらう。
こっちにアルテマをもらえないか?」
「えー、あたし?!」
「ジャスティスとポーモルの護衛だ。フィアスをもらってもしょうがないだろ。」
「そりゃそうだけどー……。」
何となくアルテマが不服そうなのは、フィアスといつも一緒という意識が強いせいかもしれない。
現に、彼女の調子が悪くて留守番だった時のほかは、大概一緒に居るのだから。
別行動になると、ちょっと気が進まないといったとしてもうなづける。
だがいつも同じメンバーで動けるとは限らないので、我慢してもらうしかない。
もちろん彼女も分かっているから、お茶を濁したようなことを言うのだろう。
「えー、アルテマおねえちゃんは一緒じゃないの?」
「う〜ん。でも、今日はしょうがないって。たまにはこういう事もあるから。」
「一日だけだから我慢しろよ。どうせ夕方には帰ってくるし。」
「うん、わかった。」
「ええ子やな〜、フィアスちゃん。」
アルテマと一緒に行けなくても素直にうなずいたフィアスを、リュフタは手放しでほめる。
本当に、こういうところでは手がかからない良い子だ。
「さーてと……。じゃ、これで全部決まったな。
買出しがおれとナハルティンとフィアス。で、クークーに乗って近くの町まで行く。
狩りがルージュとジャスティスとアルテマとポーモル。
留守番がペリドとリュフタ。これでいいよな。」
完成したメモを仲間全員に見せて、リトラは確認を取った。
見せられた仲間達は、メモの内容に異議がないという印に何度か軽くうなずく。
「いーんじゃない?じゃ、さっそく出かけよっか〜♪
ペリドちゃーん、なるべくチョッ早で帰ってくるから、お留守番よろしくね〜。」
ナハルティンはさっさと立ち上がると、
支度する前にペリドに茶目っ気たっぷりのウインクを飛ばした。
「はい。みなさん、気をつけてくださいね。」
付いて行く事はもう彼女なりに納得して諦めたらしく、
少し残念そうにしているが素直に送り出してくれそうだ。
「悪いなペリド。それと、昨日は……ありがと、な。」
素直に礼を言うのは照れくさいのか、最後の方は小声でぼそぼそと伝える。
「えっ……い、いいですよ。そんな、お礼なんて!」
「うっせーな、まだ言ってなかったからだよ!」
ペリドはびっくりして顔の前でガードするように両手を構えて首を横に振る。
しかし、先程看病のお礼を言いそびれていたことを思い出し、
照れを我慢して言ったリトラは恥ずかしいのを隠そうとわざと乱暴な言い方をする。
するとそこに、何か企んだ風な顔をしてナハルティンが首をつっこんできた。
「あー、じゃあアタシにも言ってよ〜。」
「だーっ!急に来るんじゃねーよ!!」
いきなり横から迫られて、リトラはびびって反射的に飛びのいた。
もちろん嫌な予感がバリバリにする。
「言ってくれないとくすぐるよ〜ん?」
「何でそーなるんだよ!わかった、昨日はお前のおかげで命拾いしたよ!」
「えー、ちょっと足りなくない〜?」
くすぐられるのは嫌なのでしぶしぶ感謝を示しても、
意地悪なナハルティンが具体的な謝辞なしで満足するわけがない。
からかう相手が嫌がれば嫌がるほど、彼女はやらせたくてうずうずするのだから。
「〜〜っ……あー……あーりーがーとーなー……!!
つーか、もう何の罰ゲームだよこれ?!」
普段言い慣れない感謝の言葉を連呼する羽目になって、リトラの顔はもう怒りと恥で真っ赤だ。
「何言ってんのー?アタシそんなつもりないんだけどな〜♪」
「ナハルティン、あんたねぇ……。
リトラをからかうのもたいがいにしなさいよ。」
さすがにリトラが気の毒になってきたアルテマが、呆れて少し注意した。
するとリュフタが、深いため息と共にこう言った。
「言うだけ無駄な気がするでー……うちはな。」
リュフタの考えはきっと正しい。それだけに、余計にため息ものなのだが

―ワイス村―
リトラ達買い物班は、クークーに乗って近くの割と大きな村にやってきた。
大きな町まで出向くには時間が足りないからという理由だが、
別にそこまで遠出しなくても用が足りるということもある。
食料と傷薬の買出しなら、へんぴな田舎でない限り大きな村なら大体何とか揃うものだ。
それに食料はその土地で取れる農作物や簡単な保存食などなら、
人の手を多く経ない分大きな町よりも安く手に入る。
無駄なところで浪費することが嫌いなリトラにはうってつけというわけだ。
商人でもないのに、どうしてそんな事を覚えているのかは謎だが。
「さーて、さっそくいる物買おうぜ。まずは薬からだな。」
道中、クークーの上で書き出した買い物メモを確認しつつリトラが言う。
「ポーションとかいっぱいいるんだよね?」
「まーな。いくつ使うかわかんねーけど、余るくらい買ってもいいだろ。
どうせ痛むもんでもないし。」
フィアスも分かっているとおり、傷薬はかさばっても在庫に余裕があることが大切だ。
次の町に行くまでは買い足すことが出来ない上に、
生死に直接関わるのだから当然である。
「まーね〜。」
ごもっともと、ナハルティンが軽く相槌を打った。
「店は……あったあった。あそこで買うか。開いてるっぽいし。」
「あのお店?」
リトラが目をつけた店は、どこにでもありそうな普通の道具屋だ。
今日彼が買いたいものなら、ちゃんと置いてあるだろう。
さっそくその店に入ると、店内は田舎の店ながらきちんと整頓されていて、
客が品物を選びやすいような心配りがなされていた。
洗濯カゴのようなカゴや木箱に入った品物を物色しながら、
リトラはフィアスとナハルティンにメモを見ながら指示を出し始めた。
「フィアス、毒消し5個もってこい。あ、ナハティはそっちのエーテル2つな。」
「はいはーい。エーテル買うなんて、今日はずいぶんお金持ちじゃなーい?」
「途中で魔法力切れたら目も当てられねぇから、しょうがないだろ。」
遠まわしに普段ケチであることを皮肉られて、リトラは若干不機嫌になった。
しかし今は買い物が大事なことと、大したことでもないのとで一応我慢する。
少なくともナハルティンはちゃんとエーテルを持ってきてくれた。
やる事をやっている相手には文句をつけにくいものだ。
「あ、そーそー。こういうのも持ってかないとね。」
「ん?何だよ。」
ナハルティンがごそごそ違う商品を漁り始めたような音を聞いて、リトラは怪訝そうに聞いた。
一体何を買うつもりなのだろうか。
「海の上の旅には楽しみが無いとね〜。
ってわけで、フィアスちゃんが大好きなアメー♪」
「わーい!」
ナハルティンの提案に、お菓子が好きなフィアスは大喜びした。
だが、余計な買い物を良しとしないリトラには聞き捨てならない提案だ。
「むだ使いしてんじゃねー!!」
当然即座に噛み付くが、ナハルティンは余裕の態度で見返してくる。
「アンタのお金使うなんて、一言も言ってないよー?
アタシのお金で買うんだから、文句ないでしょ?」
「ま、まぁお前の金で買うんならな!」
うっかり引っ掛けられたことに遅ればせながら気がついて、リトラは冷静を無理やり装う。
もちろん動揺はバレバレで、ナハルティンが意味深に笑っている。
「えっと、ナハルティンお姉ちゃん、いくつならいい?」
自他共に認める大食いのフィアスは、
言われる前にナハルティンに許容範囲を尋ねる。
「10個までなら好きなの選んでいいよー。
あ、そーだ。お留守番してるペリドちゃんにもお土産買ってこーっと♪」
「何しに来たんだよお前……。」
ルンルンで自分の買い物に走り始めたナハルティンの背中に、リトラがうんざりした顔でぼやく。
だが、ナハルティンのようなタイプには言うだけ無駄だ。
ああいえばこういうという言葉は、きっと彼女のためにあると言わしめかねない系統なのだから。
自分の金で買ってくれそうなので、口出ししないのが賢明だろう。
「ナハルティンお姉ちゃん、お買い物好きなのかな?」
「さーな……好きなんじゃねーの?」
もうどうでもいいとばかりのテンションが低い声で、
リトラはフィアスの問いに投げやりに答えた。

― 一方その頃 ―
狩りに出かけたルージュ達の方は、採取も狩猟も順調だった。
少なくとも、全く見つからなくててこずるといった事態には陥っていない。
もちろん狩りの方はある程度忍耐と運が必要であるから、入れ食いとしけこめるわけではない。
「ふん、こんなもんだな。」
ルージュはパンパンと手を払って、しとめた獲物を見下ろした。
彼の足元には、鹿や大きな草食のモンスターがひっくり返っている。
今は人間の子供の外見でも、ドラゴンはドラゴン。1人でも大物をしとめる実力はきっちり備わっているのだ。
「これをコテージの方に片付けたら、あいつらの様子でも見に行くか。
おっと……その前に。」
何かいい事を思い出したルージュは、懐から取り出した小さな黒水晶に向かって短い呪文を唱える。
すると、黒水晶の中からスケルトンが出現した。
額にはルージュがつけた紫の印があり、このスケルトンが特定の主人に仕える使い魔のような存在だと示している。
「こいつらの解体をして、終わったらコテージの前に持って行け。」
「……キィ。」
使い魔のスケルトンはぎこちない動きでうなずくと、
言いつけられた作業にさっそく取り掛かり始めた。
手にした剣で、ルージュがしとめた獲物の皮をはぎ始めている。
放っておいてもサボることが無いスケルトンに始末を任せて、
ルージュは採取に向かったジャスティスとアルテマ、ポーモルの様子を見に行くために森の手前の方に向かった。
狩りをしている間は全く会っていないので、たぶん違う方向に行っているのだろう。
別に急ぎではないので、少し早足で歩く程度で彼らの姿を探す。
メンツがメンツであるだけに、不安が無いとは言えない。
もちろん目を離すこと自体が恐怖というほどひどくはないが、
ルージュに言わせればいまいち不安がぬぐえない構成ではある。
別に護衛役のアルテマの剣の腕を信用していないわけではないが、
ジャスティスが後方支援要員であり、ポーモルにいたっては戦力外だからだ。
この辺りには強いモンスターが居るわけではないが、
だからといってゼロではない。
なんだかんだで、年若いアルテマは戦闘経験が少ないので、とっさの対応に不安が残るというわけだ。
もっともそれは、単にルージュの要求レベルが高いという可能性もあるが。
「……ん、においが残ってるな。」
鼻先を、ポーモルのにおいが掠める。どうやらこの近くにいるようだ。
離れて行動しないようにあらかじめルージュが言っておいたので、
たぶん他の2人も近くに居るだろう。
わざと気配を隠さずに少し歩くと、3人が揃って採取しているところにたどり着くことが出来た。
「あ、ルージュ!あんた、そっちもう終わったの?」
「どっかの男女とは、仕事の慣れ方が違うしな。」
「何ですってー!!」
“あ、アルテマちゃん……。”
ポーモルが引きつっているが、アルテマの眼中には入っていない。
「で、どうなんだ?集まってるか?」
「言われなくても順調よ!」
ほとんど噛み付くような調子で荒っぽく答えると、アルテマはふんっとそっぽを向いた。
嫌味を言われたのだから、腹が立っているのだろう。
まだ実年齢も10歳なのだから、流すというのは無理な相談だ。
「アルテマさんが言っているとおりです。こちらも順調ですよ。
この辺りは涼しいですが、森はなかなか豊かみたいですね。」
ファブールは冷涼な気候だが、今は季節がいいのか意外と実り豊かだ。
天界育ちのジャスティスにしてみれば、
地界の森はどこも故郷に比べれば少々貧相に見えるが、この世界の基準ならいい線を行っているとは認識している。
「時期がいいんだろうな。……ああ、けっこういいじゃないか。」
「当然です。3人で頑張りましたからね。」
ジャスティスが得意げに答える。
眼鏡を直すそのしぐさが、いかにもインテリの雰囲気だ。
私の言ったことに間違いはありません。などとセリフを当てたら、かなり似合うだろう。
「後もう少しで大丈夫だな。集め終わったら、コテージに戻って整理するぞ。」
“うん、そうしましょうね。”
ルージュの指示にポーモルがうなずく。
「よーし!それじゃ、あんたも手伝ってよ!」
「わかってる。」
ルージュを巻き込みつつ、アルテマはやる気が出たらしく張り切って採取作業を再開した。
ジャスティスも、そんな彼女の様子を見ながら作業に戻る。
そろそろ昼も近い。今日の昼にはリトラ達はまだ帰らないだろうなと思いつつ、
ルージュは高くなったチラッと太陽を見上げた。



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着々と進む長旅の仕度。久々にルージュが妖術を使っています。
使い魔は雑用をさせるために居る模様。でもスケルトン。
細々つっこみどころが有る気もしますが、次でいよいよ出発するはずです。
しかし、人をおちょくるやり取りは書いてて楽しい……。